宮川という清流が流れる大台町ならではの酒造り。余計な濾過や鉄分除去などの工程を経ること無くお酒を作っている大台町の酒蔵「元坂(げんさか)酒蔵」の元坂新・社長兼杜氏に酒造りのこだわり・想いを伺って来ました。
~ 目次 ~
飲みやすい食中酒を目指す
巷で多く飲まれている日本酒には、華やかな香りのものが多いように思います。華やかなお酒は食前酒にもピッタリですし、食後にデザート的に飲むのも美味しいです。
三重県の全国区の日本酒・而今(じこん)も華やかなお酒です。
でも、元坂社長はきっぱり言いました。
「うちは、派手なお酒は作りません。美味しい食中酒を目指しているんです」。
お燗にしても美味しく、肉と一緒に飲んでも脂っこさを消すしっかり目のお酒。インタビューの後に試飲させていただき、食中酒を目指す杜氏の目指すものが舌を通して伝わりました。
山田錦の母・伊勢錦
元坂酒蔵の主力銘柄は「酒屋八兵衛」です。そしてこの主力銘柄を支える酒米が「伊勢錦」と呼ばれるお米。
食べるお米の代表格に「こしひかり」があるように、飲むお米(日本酒)の代表格に「山田錦」というものがあります。伊勢錦はこの山田錦のお母さんとも言えるお米で、昭和25年(1950年)に一時的に姿を消したものの、種子保存されていた種籾から3年がかりで復活栽培され、平成元年酒を造れるところまで蘇らせたのです。
※山田錦のお母さんは山田穂ですが、その山田穂こそが伊勢錦である可能性が高いという説があります
幻の酒米 伊勢錦物語
藩政時代に田中新三郎が「伊勢山田あたりで見つけた、背丈が高く、大きい稲をつけた酒米」について。 | レファレンス協同データベース
元坂酒蔵では蔵の近くの土地で伊勢錦を栽培しており、きれいな水として何度も表彰されている大台町が誇る川・宮川を作る水を使いながら酒造りをしています。
現在は近所の農家にも伊勢錦づくりを手伝って頂いていますが、ゆくゆくは完全に蔵の分のお米を生産したいと考えておられるとか・・・。
地元で取れるお米。地元の美しい水。それが醸すお酒は、それはそれは上品なものでした。
背伸びせず品質を守る
全国や海外進出を積極的に仕掛ける酒蔵もありますが、元坂酒蔵は出荷の75%が三重県内。10年前は県内のみの出荷だったそうです。
「小さい蔵ですので、今はこの規模でいいんです」
と語る元坂杜氏。地元を最優先に考え、余力の範囲で外部への露出・進出を考えています。
東京だったらどこで飲めますか?
と聞いたら
「小山商店で買えますよ!」
とのこと。確かに、置いてありました。
酒屋八兵衛は県外では飲むこともたやすくないレア酒なんですね。
試飲させて頂く
蔵の見学の後、酒屋八兵衛を試飲させていただきました。
左から、伊勢錦の純米大吟醸、備前雄町の純米吟醸山廃、特別純米です。
純米大吟醸も元坂杜氏のポリシーに則った香りのやや控えめなタイプ。普段は純米大吟醸のようなお酒って食前・食後、食中でもあっさりした食べ物に合わせてとか、食べ物の休憩中に飲むようなことが多いのですが、これは食事中に飲んでも調和しそうです。
純米吟醸の山廃。山廃というと燗にして香りが立つイメージがありますが、常温で頂いたのがストレートに美味しかったです。
日本酒=冷酒
と思っている方は、この山廃を冷、常温、燗で飲み比べてみたら、温度でこんなに違うのか!というのがわかるかもしれませんね。
特別純米はお米の味がストレートに伝わって来ました。また、口の中一杯に酸味がふわっと広がり、それが喉を通る瞬間にしゅっと収束する感覚が得られます。キレがいいのかもしれませんね。
思想が味に反映されている
3種類とも総じて言えるのは、味の違いはあれど、とても落ち着きがあるお酒ということ。飲食店で飲まずとも、晩酌でゆるりと飲みたい・・・。そんなふうに思えるお酒でした。
華やかじゃないからといって地味ではないんですよ。なんというか、落ち着く、ほっとする、安心する。そんな気持ちになれるお酒なんですよね。
- 油揚をちょっと素焼きして醤油・生姜・葱と一緒に食べる。
- 海産物をヌタにして緑の野菜と一緒に食べる。
- お肉を焼いて山葵醤油で食べる。
そんな家庭の晩御飯・晩酌のシーンに酒屋八兵衛が添えられていたら、これは幸せなことですね。近くに伊勢湾という海があり、川の水の美しさから鮎やシイタケが美味しく、ジビエ料理も楽しめる大台町は「肴」の種類が豊富です。様々な家庭に、一時の幸せを運んでくれるお酒なのだなあと思った酒造りでした。